Experiments of Actin

『インディーズ候補』(泡沫候補)の特徴的な選挙活動を中心に少し変わった選挙、政治関係の話題を取り上げているブログです。

タカシマ努の選挙公報(2015年結城市議会選)

(この記事は同人誌『補導聯盟通信 2015年夏号』に掲載した文章を再編集したものです)

今回は2015年4月24日行われた茨城県結城市議会選に立候補したタカシマ努を紹介します。この人物は今回が初挑戦ではなく、2011年の茨城県の八千代町議会選に立候補し、わずか15票で最下位(ブービーは283票)という結果に終わっています。また、2013年の茨城県知事選にも立候補を表明しましたが、この時は何か事情があったのか、立候補を回避しています。

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上に示した選挙公報を見てみましょう。一目見た時点で只者ではない雰囲気が漂っていて、4つの名刺のようなものが目立ちます。この4つの名刺のようなものの内、左上と右下は同じもので、さらには自分自身のものではなく、「二宮金次(治)郎 報徳会 主幹 二宮尊夫」なる人物の名刺となっています。この二宮尊夫という人物を調べたところ、以前、二宮金次郎の像を県内の学校に設置することを公約とし、茨城県知事選に立候補しようとしたものの結局、健康問題を理由に回避した人物であるとのことでした。なぜ、このような人物の名刺をこの選挙公報に掲載しているのか、答えは右上の名刺にありました。 この右上のタカシマ努自身の名刺には二宮尊徳 奉賛会 理事」なる肩書きがあります。そしてこの下には「二宮金次(治)郎 玄孫 二宮尊夫 【特認秘書】」と書いてあり 、どうも二宮尊夫の秘書をやっていることがわかります(ただ、秘書をやっていたとしても、二宮尊夫の名刺を2枚も掲載したのは本当に謎ですが)。

そして、この下には自身の名前が記載されていますが、ここには「三代目 喜四郎」「高嶋 勇喜《きしろう》」という文字が記載されており、「勇喜」という名前がどこから出てきたのか、そして、なぜこの文字の読みが「きしろう」なのかという、謎が生じます。 ここで左下の名刺に移ると「三代目 喜四郎」の意味が見えてきます。ここには「先代喜四郎天命御恩返」「公認 岩井自動車学校 非常勤待遇」という文字列が見えますが、この「岩井自動車学校」の経営者は元自民党でゼネコン汚職実刑判決を食らいつつも、衆議院議員当選13回、選挙に極めて強いなど、とかく個性あふれる政治家である中村喜四郎が経営している自動車教習所です。ちなみに、この中村喜四郎は出生時の名前は喜四郎ではなく、政治家であった父の中村喜四郎が死んだ際に父と同じ名前の喜四郎に改名しており、二代目 中村喜四郎となっています。これらのことを考えると、どうもタカシマ努が次の中村喜四郎を僭称しているのではないかということが強く示唆されます。王位僭称というのはまれに聞くことがありますが、中村喜四郎の僭称と言うのは非常に珍しいケースと言えます(ただ、中村喜四郎は中世ヨーロッパ的感覚で言えば、あの地域の伯爵とか侯爵的な存在的な感じもするので、伯爵号を僭称すると書くとそんなに違和感はないかもしれませんが)。

この余りにも衝撃的な三代目喜四郎僭称宣言の下には「恩田武久前総務部長より実家<結城市>待機令中!!」という、一体、何があって自宅待機を命令されたのか、興味を掻き立てるような地味に素敵な文章が書いてあります。また、この左下の名刺のようなものは他のと比較して情報が多く、「元自民党県連相談役県議元秘書」という結構面白い経歴や自民党党員であることなどが記載されています。 最後に一番下には名刺でない公約が手書きで書いてあり、ここには「江川南と江川北と上山川と絹川の市民のために」(いずれも結城市の地名)と具体的な政策は記載せずに、各地域のために何かすることを述べています。

このように二宮尊夫という別の人物の名刺にかなりのスペースを割き、さらには中村喜四郎の後継者を僭称しましたが、得票数はわずか25票(総有効投票数23,117票、無効票245票)で21人中21位(定数18)で、しかもブービー候補の得票数が287票という圧倒的な敗北、三代目喜四郎の座は難しい結果に終わってしまいました。