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Experiments of Actin

『インディーズ候補』(泡沫候補)の特徴的な選挙活動を中心に少し変わった選挙、政治関係の話題を取り上げているブログです。

羽柴誠三秀吉、死去

インディーズ候補

2011年に肺がんで闘病の為、大阪府知事選の立候補を撤回して以降、選挙活動を行わず、その動向が注目されていた大物インディーズ候補羽柴誠三秀吉ですが、何と、統一地方選のさなかに死去したとの衝撃的なニュースが入りました……。

羽柴秀吉」で選挙 三上氏死去

 「羽柴秀吉」の名で出身地の金木町長選(当時)をはじめ、東京都知事選、大阪府知事選など全国の選挙に多数出馬、いずれも落選した、三上誠三氏(65)=五所川原市=が死去したことが12日分かった。11日、肝硬変のため同市内の病院で死去した。2007年の北海道夕張市長選では次点と善戦し全国的な話題となった。

「羽柴秀吉」で選挙 三上氏死去, 東奥日報, 2015年4月13日

三上誠三さん死去 「羽柴誠三秀吉」などの名で立候補

三上誠三さん(みかみ・せいぞう=産廃処理会社社長)が11日、肝硬変で死去、65歳。通夜は16日午後6時、葬儀は17日午前11時から青森県五所川原市金木町菅原367の1の金木公民館で。喪主は妻澄子(すみこ)さん。

 「羽柴誠三秀吉」などの名で、衆院選参院選、東京、大阪、長野の知事選、北海道の夕張市長選などに立候補し、いずれも落選した。

三上誠三さん死去 「羽柴誠三秀吉」などの名で立候補, 朝日新聞, 2015年4月13日11時02分

秀吉名乗り立候補の三上氏死去 夕張市長選や都知事選など

羽柴秀吉」の名で、夕張市長選など各地の選挙に出馬した青森県五所川原市の会社経営、三上誠三(みかみ・せいぞう)氏が11日午後5時40分、肝硬変のため五所川原市内の病院で死去した。65歳。青森県出身。葬儀・告別式は17日午前11時から五所川原市金木町菅原367の1、金木公民館で。喪主は妻澄子(すみこ)さん。

 三上氏は出身地の青森県旧金木町(現五所川原市)の町長選をはじめ、東京都知事選や大阪府知事選などにも立候補したが、いずれも落選。2007年の夕張市長選では当選者と342票差の次点まで迫った。建設や産廃処理などを手掛ける会社を経営していた。

秀吉名乗り立候補の三上氏死去 夕張市長選や都知事選など, どうしんウェブ, 04/13 12:04、04/13 18:48 更新

三上誠三さん死去:「羽柴秀吉」入院中も「選挙に出たい」

全国各地の選挙に「羽柴秀吉」の名前で立候補していた青森県五所川原市出身の建設会社社長、三上誠三さん(65)が11日に肝硬変で亡くなった。地元や関係者の間では13日に驚きの声が相次いだ。

 三上さんの家族によると、2011年の大阪府知事選出馬を病気で断念した後は体調が悪化し、1年前から意識がもうろうとするなどして五所川原市弘前市の病院に入退院を繰り返したという。本人は病床で意識が戻ると家族に自分を帰宅させるよう促し、周囲には「また(選挙に)出たい」と話していたという。

 亡くなる前日には家族に冗談を言うほど元気だったが、11日朝に容体が急変して緊急入院。午後にいったん意識が戻ったが、同日夕に親族にみとられながら息を引き取ったという。次男で俳優の三上大和さんは毎日新聞の取材に「文字通り猪突猛進の人だった。まだ亡くなった実感がないが、父のように有言実行をモットーにしたい」と話した。

 合併に伴う05年の五所川原市長選に立候補した三上さん。その際に支援した民主党県連の今博副代表は、三上さんが城のような自宅を構えていたことや、黄金色の名刺を配っていたことを振り返り「アイデアマンで、いろんな形で政治に情熱を注ぐすごい人だった。志半ばで残念」と話した。

 三上さんの地元に住む70代の女性は「亡くなる前日に病院で見かけた時は元気そうだった。まさか亡くなるとは思わなかった」と驚いていた。【宮城裕也】

三上誠三さん死去:「羽柴秀吉」入院中も「選挙に出たい」, 毎日新聞, 2015年04月14日 15時17分(最終更新 04月14日 17時19分)

この秀吉死去のニュースですが、いくつかの新聞サイトで写真付きであったり、毎日新聞に至っては息子の三上大和だけではなく、様々な人にも取材して、比較的大きな記事になっていたりしていて秀吉の注目度がインディーズ候補愛好家の予想を遙かに超えて高かった事を示しています。なお、秀吉といえば、奇抜な建物のホテル経営*1で有名ですが、ここでは秀吉の経営している業種としては「産廃処理」が挙げられていて、観光業に関しては特に言及されていない点は注目です(ただ、最近はホテルといった観光業はやっていなかったようです)。

個人的に羽柴誠三秀吉と言えば、初めて私がインディーズ候補に興味を持った1999年都知事選において、「羽柴誠三秀吉」という強烈な名前や羽柴秀吉の生まれ変わりというすさまじい主張、青森から早馬でかけつけたなどの発言を行う等でものすごい印象を残したインディーズ候補の1人であっただけではなく、夕張市長選で大善戦し、NHK等の主要報道機関に選挙戦の様子を大きく取り上げられると言った、インディーズ候補の中でも注目すべき実績があった事から今回の死には非常に衝撃を受けています。まだ65歳と政治運動家としてはまだまだこれからであっただけに本当に残念な所です。

(4/14追記: 毎日新聞の記事を追加し、一部文章を修正しました)

*1:そして、奇抜な建物がしばしば謎の失火で全焼する事とその謎の失火による火災保険金絡みの黒い噂でも有名でした。