Experiments of Actin

『インディーズ候補』(泡沫候補)の特徴的な選挙活動を中心に少し変わった選挙、政治関係の話題を取り上げているブログです。

選挙ドットコムさんに寄稿しました(テーマ: 既存の政治家がインディーズ候補を応援した事例)

選挙情報サイトの選挙ドットコムさんに以下の記事を寄稿しました。

go2senkyo.com

今回はインディーズ候補と呼ばれている高橋尚吾とマック赤坂が、2017年の東京都議会選において、現職議員や首長といったいわゆる既存の政治家の応援を受けていたということを紹介しています。

今回の補足情報です。

羽柴誠三秀吉夕張市長選などで既存の大きな組織の支援を受けていたことに言及していますが、羽柴誠三秀吉豊臣秀吉の生まれ変わりであると主張する前の20代の時に、新自由クラブ青森県連の幹部をしていたことがあります。これらの羽柴誠三秀吉に関しては以下の同人誌で紹介していますので、興味のある方は読んでいただけると幸いです。

actin.hatenablog.com

なお、今回、両氏がこのような支援を受けられたのかという点ですが、この点に関しては邪推程度のものしかできず、記事中で言及できるようなレベルではありませんでした。あくまで邪推ということで、ブログでは記載しますが、考えられる点としては東京都知事選の際に作ることのできた人脈が考えられ、上杉隆が何らかの関係をしているのではないかという点です。

特に高橋尚吾は今回の都議選において、上杉隆のwebテレビに出演しており、この部分での人脈があることは間違いありません。また、マック赤坂の件ですが、上杉隆保坂展人は関係があるため、もし、マック赤坂上杉隆に関係があった場合、この辺りで何らかの紹介を受けた可能性も考えられます。

ただ、繰り返しになりますが、これらはあくまで邪推的なものであって、確証のあることではありませんので、ご了承ください。

なお、今回の参考文献情報ですが、上記の同人誌の他、以下の4ツイートおよびYouTubeの動画となります。

https://twitter.com/shogo_tkhs_volu/status/880008688039149568
https://twitter.com/shogo_tkhs_volu/status/879193071967125504
https://twitter.com/macakasaka/status/879690461828358144
https://twitter.com/macakasaka/status/878822742060969984
https://www.youtube.com/watch?v=UiGXNepIvz4

選挙ドットコムさんに寄稿しました(テーマ: 得票0票について)

選挙情報サイトの選挙ドットコムさんに以下の記事を寄稿しました。

go2senkyo.com

今回は2017年4月23日に投票が行われた新潟県阿賀町議会選に立候補した後藤英雄氏の開票終了時の得票が0票であったことから、得票0票はあり得るのかということについて紹介しています。

今回の補足説明です。

記事中において、地方議会選では被選挙権の条件として、その選挙の選挙権が必要であるため、地方議会選でその人物の投票とカウントされた票が1票もない完全な0票は基本的にありえない旨を述べました。総務省もこのような例は聞いた事が無いと述べていますが、驚くべきことに今回、東京都の過去の選挙を調査した結果、若郷村という自治体で1951年に行われた村議選で1例だけ確認することができました。

しかしながら、前例があるとはいえ、今回の阿賀町議会選の後藤氏の件に関しては、疑問が残ります。この若郷村の人口は600人程度であり、この1951年の村議選においても、投票総数は300票程度でした。一方、阿賀町の人口は1万人以上もおり、投票総数は7,854票と規模が明らかに違います。このようなことから、今回の阿賀町議会選において、本当に後藤氏とカウントされた票が0票であったのかという点に関してはかなり疑問が残ります。これに関しては、開票に何らかの不正、あるいはミスがあったのではないかという調査が必要なのではないかと考えられます。ただし、投票総数に対する無効票の割合は前回の2013年の議会選も今回の議会選も約1.3%とほぼ変化がない点は注目する必要があります。

なお、今回の記事および補足説明の参考文献情報は以下の通りです。

町議選で新人候補の得票ゼロ…自身の投票無効か, 読売新聞 2017年04月24日 11時05分.
新人候補の得票0票 本人投票は無効?, 毎日新聞 2017年04月24日 21時48分.
阿賀町議選に「得票ゼロ」, 新潟日報モア 2017年4月24日18時35分.
・東京都選挙管理委員会, 地方選挙の記録(昭和26年4月執行), 東京都選挙管理委員会, 1951.
・東京都選挙管理委員会, 地方選挙の記録(昭和30年4月23日・30日執行), 東京都選挙管理委員会, 1955.
・東京都選挙管理委員会, 地方選挙の記録(昭和34年4月・6月執行 付:地方選挙の記録 34年1月~9月(除4月)), 東京都選挙管理委員会, 1959.
・東京都選挙管理委員会, 地方選挙の記録(昭和38年4月執行 付:地方選挙の記録 38年1月~9月(4月を除く)), 東京都選挙管理委員会, 1963.
・東京都選挙管理委員会, 地方選挙の記録(昭和42年4月執行 付:地方選挙の記録 41年2月~42年11月), 東京都選挙管理委員会, 1968.
選挙ドットコム, 阿賀町議会議員選挙 立候補者情報(2013年04月21日).
阿賀町, 阿賀町議会議員一般選挙一般選挙の結果について.

選挙ドットコムさんに寄稿しました(テーマ: 青ヶ島村の参政権について)

選挙情報サイトの選挙ドットコムさんに以下の記事を寄稿しました。

go2senkyo.com

今回は1945年から1956年まで公職選挙法(1950年の公職選挙法制定時までは衆議院議員選挙法と参議院議員選挙法)により、国政と都政の選挙権がなかった青ヶ島村の話です。

記事中でも説明しましたが、公職選挙法 第8条では「交通至難の島その他の地において、この法律の規定を適用し難い事項については、政令で特別の定をすることができる。」と規定されており、それに基づいて、政令青ヶ島村では国政と都政の選挙を当分の間、行わないと規定しました(下図は1950年4月20日の官報に掲載された公職選挙法施行令第147条)。なお、現在も第8条は有効であることから極端な話、国会の承認を経ない閣議の決定で特定の地域に限り、選挙の実施をしないということは実はまだ可能であったりします。

また、青ヶ島学術調査団の話ですが、青ヶ島は極端に外部との接触が少なかったため、この学術調査団が来島するまで、謎の島扱いされていました。そのため、青ヶ島は「こういう島らしい」という伝聞形式でしか、情報がほとんどなく、その内容も「村は麦まきに至るまで20人の巫女に支配されている」とか「食器を使う文化が無く、アメリカ軍が進駐してきた際に栓抜きを島民が知らなかった事に驚いた」とか「近親婚が多いらしい」とか、そういう感じの秘境の謎の島扱いを受けていました。このような扱いであったことを物語るものとして、学術調査団は当初、全島民の裸の写真を撮影しようと計画していたという話があります(さすがに島民の反発を招くとして中止したようです)。

ちなみにこの学術調査団は記事中でも述べたように選挙の実施を早急にすべきと報告した他、巫女の影響力はかなり弱まっているが、巫女本人に対して敬った言い方で呼ばず、苗字を呼ぶと、ものすごく怒ることや近親婚は少なかったことなどが報告されています。

そして、記事中でも言及した青ヶ島村の戦前の参政権に関する状況についても補足します。当時の法令でも交通至難の地域は選挙を制限できることになっており、いくつかの地域が指定されていましたが、何故か青ヶ島はこの指定から外されていたことが分かっています。ただし、青ヶ島は島内に投票所が設けられておらず、投票するためには八丈島に行かないといけなかったようです。1936年2月6日の朝日新聞の記事によると、有権者が75人いるものの、以前の選挙では海が荒れていたため、たまたま八丈島にいた1人しか投票できなかったことが記されています。1940年の東京府議会選では初めて島内に投票所が設けられたようですが、それ以降の1945年までの間に東京都で執行された選挙がどのような状況であったかは今回の調査では不明でした。

なお、今回の記事および補足情報の参考文献情報は以下の通りです。

・是でも東京 立会人は”名主様” 投票運搬係に決死隊出動 俗離れ・孤島の選擧, 東京朝日新聞 1926-02-06 朝刊, 11.
青ヶ島”初の投票”府議戦の走り, 東京朝日新聞 1940-06-08 夕刊, 2.
・選挙法施行令同施行規則 きのふ公布施行, 朝日新聞 1945-12-18 朝刊, 1.
・選挙権の使えぬ村 都下青ヶ島無電に聽く あたら二百余票 荒ぶ風浪、税金は完納, 読売新聞 1952-09-20 朝刊, 3.
・”必需品なし船たのむ”青ヶ島から本社へSOS, 朝日新聞 1954-03-17 東京朝刊, 8.
・秘境青ヶ島へ都から調査団 生きている”平安朝” 20人のミコが麦まきまで支配, 読売新聞 1954-10-24 朝刊, 7.
・調査に四つのタブー 食器も使わぬ未開の”都民”百二世帯 青ヶ島探検隊きょう出発, 読売新聞 1954-11-01 朝刊, 7.
・近親結婚の島 青ケ島(都下)へ調査団 遺伝の関係を主に 風土病と栄養など 種々のナゾを解明 きょう出発, 毎日新聞 1954-11-01 朝刊, 7.
青ヶ島の学術調査始まる てんやわんやの島の話題 全村民が協力して 子供も久しぶりに入浴, 朝日新聞 1954-11-06 夕刊, 3.
・娘のいない青ヶ島 あす調査終了 第二の無着先生出現 黒潮の子らに新風 ミコもタビ小屋も嫌いに, 読売新聞 1954-11-08 夕刊, 3.
・半数が血液A型 味覚のない住民もいる青ヶ島, 読売新聞 1954-11-12 朝刊, 7.
・案外少い近親結婚 青ヶ島学術調査団帰る, 朝日新聞 1954-11-21 夕刊, 3.
・東京都 鬼ヶ島 村尾特派員 青ヶ島ルポ 下, 読売新聞 1954-11-23 朝刊, 7.
青ヶ島からSOS 食料や石油が欠乏 旧冬以来の大シケで, 朝日新聞 1955-02-01 東京朝刊, 8.
青ヶ島にも選挙権を 交通不便ゆえに除外される, 朝日新聞 1955-03-03 朝刊, 7.
・初めて選挙ができる青ヶ島 超短波を取付け 六月の参院選までに?, 朝日新聞 1956-01-13 朝刊, 7.
青ヶ島 初の参院選公職選挙法改正本決り 電話のおかげで, 朝日新聞 1956-06-06 朝刊, 11.
・座談会も超満員 青ヶ島あげて”選挙熱”, 朝日新聞 1956-06-21 朝刊, 7.
青ヶ島の初投票は好調 まごつく晴着の住民 島をゆする感激のサイレン, 読売新聞 1956-07-08 夕刊, 3.
・小林亥一, 青ケ島島史, 青ケ島村, 1980.
・榎澤幸広, 公職選挙法8条への系譜と問題点 : 青ヶ島の事例をきっかけとして, 名古屋学院大学論集 社会科学篇, 2011, 47(3), 119.